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シュルツは差し込む朝日の眩しさにたたき起こされた。
体をおこす。異常はない。
しかし何かがおかしいですね。
名前は覚えていますし、場所だってわかります。
ここはアスアラル王国のとある宿屋ですよね。
でも、何でこんなところに寝ているんですかね?
違和感を覚えながらも脇にあった荷物を点検する。
生活必需品のほかに一振りの杖と紙が1枚。
杖はおいておいて紙に目を通す。
「ああ、そうか医院で働けるようになったんですね。」
まるで他人事のようにつぶやくと、手で隠れていたところを見る。
次のように書いてある。
【遅刻は厳禁】
・・・。
「遅刻?」
一考。
「えっと、今何時でしたっけ?」
声と裏腹に行動は迅速だった。
医院はすぐに見つかった。
それもそのはず。
宿屋から目と鼻の先・・・とまではいかないが、遠くはなかった。
医院へ向かい疾駆しながら考えをまとめていく。
「僕は先日医院の面接を受けて見習いになった。」
その間にも通行人をかわし、前へ出る。
「その後あの宿屋に泊った。」
つぶやきは風へ消える。本人以外には誰にも聞こえない。
「だけどそれより前って、何をやっていたんですかね?」
答えが出る前に、医院へ着いてしまった。
目の前には大きいとはいえない建物がある。
扉の上には看板がかかっている。
【セバン医院】
息を整えて扉を開ける。
「おそい。」
出迎えてくれたのは女性にしては太くて低い声と結構分厚い本だった。
「な!?」
避ける暇もなく頭にヒットする。
そして薄れゆく意識の中でぼやく。
「遅刻は厳禁・・・ですね。」
ガバッ!
本日2度目の起床。
「やっと、起きたかい?」
声の主は先ほどと同じ女性の声である。
「僕、どのくらいぼけてました?」
「5分ってところじゃないのかね。」
・・・。
深々と頭を下げる。
「初日早々、すいませんでした。」
セバン院長はさほど気にした様子もない。
「元気になったんなら、早速仕事に取り掛かってほしいよ。」
シュルツは顔をあげ、目を輝かせた。
「どんな仕事をするんですか?」
院長は僕の嬉しそうな声に「気の毒に」という顔をする。
その顔にやや動揺しながらも言葉を待つ。
「雑用だよ。」
「雑用?」
オウムのように繰り返す。
「なんだい、雑用も知らないのかい?」
「知ってはいますけど、あまりに悲観そうな顔をしていたんで。」
シュルツの言葉に納得したのか「とりあえず水を汲んできな」とだけ言って自分の作業を開始した。
裏に回り井戸から水をくむ。
井戸の向こうにはブドウの木が連なっている。
木にはすでにブドウの実はない。刈り取られたあとのようだ。
・・・そういえばどこに運ぶのか聞いていないですね。
「セバン院長、水はどこに運ぶんですか?」
やや大きめの声で聞く。
「まずはこっちに持ってきて。」
声は増幅されて帰ってきた。
とりあえずセバン院長のいるところに持っていけばいいらしい。
両手で水の入った器を持ち、声のしたほうへ急ぐ。
セバン院長がドアから手招きをしている。
「こっちこっち」
部屋へ入るとある香りが鼻を刺激した。
ブドウの甘い香りである。
ただのブドウジュースの匂いではない。
「ワイン?」
「ご名答。ワインさ。うちではけが人の手当てのほかにワインを造っているのさ。」
ワインといえば、地下で作るもんだとばっかり思っていましたけど・・・結構簡単に作れるもんなんですね。
でも、ここにワイン自体は少ないみたいですけど・・・。
「ブドウの香りが強いですけど、本当にワインですか?」
セバンは感心した顔でシュルツを上から下へ、そしてまた上へと視線を這わす。
「へぇ〜。シュルツ、あんたわかるのかい?ここにあるのは今年収穫したブドウさ。ああ、一番手前の樽は地下から持ってきたもんだけどね。」
今年収穫した?
地下?
疑問詞だらけのシュルツの顔を見て「一応あるよ。見るかい?簡素なもんだけどね。」といってその部屋を出ようとする。
・・・。
先程の顔を思い出した。
恐るべき結論に達してしまった。
「ちょ、それって、僕にワインを造れってことですか?」
セバン院長はにっこり笑って言った。
「飢えたくはないんだろう?」
蛇ににらまれた蛙だった。
大変だったのも初めの1ヶ月だけであった。
というのも本当にワイン作りのために、ブドウ搾りまでさせられていたからである。
「1度だけしか教えてくれないですからね、院長は。」
セバンは本当に1度だけ作業を見せるとあとはまったく見せてくれなかった。
聞けば確かに教えてくれるが、聞くのと見るのでは大きく違いが出る。
『1日のノルマは1樽分ブドウを搾ること』
付け加えるように「たったの1樽でいいんだ。」ともいってくれた。
でも、これが重労働なんですよね。
3週間もたつと慣れたもので4時間ほどで全作業を終了させるようになっていた。
それからはもちろん自由時間ではなく本業−”見習い”としての時間が始まるだけである。
しかし、医院にいつもけが人や病人がくることはないので、とにかくやることがなかった。
いつもは大体掃除をやっていた。
患者がきたとしても、やることといえば基礎的な誰でもできるような治療しかやっていない。
程度がひどくなると騎士団のほうへ送られる(行く)のである。
そんなこんなで、特に仕事上の問題は無くすべてが順調であるように見えた。
そんな時にそれは起こった。
珍しく患者が多くいつも夕方にやっているチェック(温度や湿度のチェック)を夜やっていた。
肌で感じたままに言葉にしてみる。
「やや湿度が下がってきているのかな。・・・もう少し絶対的にわかるといいんですけどね。」
そういいながら、器を持って水を汲みにいった。
空を仰ぐ。星が数多く輝いている。
水を汲み終わり、戻ろうというときである。
シュルツはひどい焦燥感に襲われた。
「ん!な、なん、だ。この言い表せようもな・・・」
言葉を言い終える前に変化は起きた。
シュルツの姿が消えたのである。
いや、正確に言うと消えたと同時に犬が現れたのである。
深い紫の毛並みを持つ小さな子犬が。
子犬はあたりを伺うと少し開いていたドアの中に入っていった。
ゆっくり匂いを嗅ぎながら進んでいく。
たどり着いた場所は先程までシュルツがいた場所。
地下のワイン樽置き場である。
そこで安心したのか、丸くなって眠り始めた。
セバンはチェックの報告を待っていた。
「フーム、遅いねぇ。いくら水を汲みに行っていたとしても遅すぎだよ。」
「こんなことは一度もなかったのに」といいながら様子を見に立ち上がる。
向かうところはワイン樽置き場。
「まさかシュルツのやつ、寝てるんじゃないだろうね。」
いちばんあり得そうなことを口にしながらまっすぐに歩む。
目的地につくと、声とともにドアをゆっくり開く。
「おい、シュル・・ツ?」
そこにはシュルツの姿はなかった。
そしてやや視線を落とすと小さな黒っぽい色の犬がいた。
「あのバカは犬なんて連れ込んでいたのかい。・・・言えばよかったのに。」
犬の前に座り込む。
「あんた、シュルツの犬かい?」
もちろん返答はない。
セバンが犬をなでようと手を伸ばしたときである。
犬の体がビクッと波打った。
わずかな光とともにセバンの手は押し返された。
彼女は今起きた出来事をすべて見ていた。
普通の人間ならば、恐怖のあまり逃げてしまうか愕然とするだろう状況を。
目の前にはシュルツがいた。
シュルツは何が起きたのかもわからずにセバンを見ていた。
セバンもシュルツを見ていた・・・が、我に返った。
もっともな疑問。
「あんた、人間じゃなかったのかい?」
セバンの疑問はシュルツの疑問として返ってきた。
「は?僕って人間じゃないの?」
案外自分を知らない者が多いのかもしれない。
セバン院長にいろいろ聞かれて大変でした。
ほかにも実験と称して外に出されたりもしました。
院長は実験のあとに結論を出した「月のない夜は出歩くな。」と。
どうやら、新月のときに外に出ていると犬になるということがわかったようです。
当初はいろいろ不信感をもたれていましたが、今ではすでに消えたようです。
僕としては非常に助かります。
「あんたが私に害をなすのかい?それならばたたき出すよ。でも、あんたは私を助けてくれる。そんな奴をたたき出すなんてもってのほかだね。」
と、いってくれました。
感動です・・・本当にいい人です。
空を見上げる。
月が「空は俺のものだ」といわんばかりに輝いている。
一息。
でも、僕が犬になっていたという事実の方がつらかったです。
犬になっているときの僕には記憶がありません。
その間の記憶はいったいどうなっているんでしょうか?
なんで犬になるんですか?
僕って人じゃないんですかね?
どんなに疑問を投げ掛けても答えは返ってきません。
セバン院長の言う通り気にしない方が人生を楽に生きられるのかもしれない。
僕にできるかなぁ。
セバン院長の言葉を思い出す。
『できることも、できないと思ってしまうからできないんだよ。何事もやるって事が重要なんだ。
後悔は後で悔やむって書くもんだ。できることをやる、これが今のすべてだね。』
これは僕へ言ってくれたものじゃなくて、すべての嘆いている患者に平等にこの言葉を言っている。
院長自身が実践して経験から得た言葉だそうだ。
「まいったなぁ。一生セバン院長に頭が上がりそうにないですねぇ。」
シュルツはおもむろに伸びをして部屋へ戻った。
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